鎌倉には実は、スパイスを使った料理の店が点在しているのをご存知でしょうか。
「スパイス」と聞くと、カレーを思い浮かべる方も多いかもしれません。けれど、鎌倉のスパイスはスパイスカレーだけではありません。チャイや焼き菓子、朝ごはんやおつまみなど、さまざまな店で、さりげなくスパイスが使われています。
その裏側で、まるでフィクサーのように鎌倉のスパイスシーンを支えてきた存在があります。極楽寺に拠点を構えるスパイスの卸・アナン邸です。今回は、アナン邸の3代目であるメタ・バラッツさんに話を伺いながら、鎌倉に根づくスパイス文化の背景と、その広がりをたどります。
鎌倉のスパイス基地

極楽寺駅から徒歩4分。観光地のにぎわいから少し離れた住宅街に、ひっそりとたたずむ一軒家があります。そこが、スパイス卸「アナン株式会社」の拠点であるアナン邸です。
一見すると店舗には見えませんが、玄関の引き戸をカラカラと開けると、そこにはオリジナルのスパイスキットがずらりと並んでいます。スパイスカレーの素やチャイスパイスなど、思わず手に取りたくなるものばかり。見ているだけでも楽しくなる場所です。
現在、このアナン邸を切り盛りしているのが、3代目のメタ・バラッツさん。この場所は「住居兼オフィス」という位置づけですが、スパイスの販売を行うほか、ワークショップスペースとしても使われています。料理教室を開いたり、オリジナルブレンドを仕込んだり、ときどき庭でハーブを育てたり——。人が集まっては散っていく、まるで小さな「スパイス基地」のような場所です。
求められるままに、かたちを変えてきたアナン

アナンの歴史をたどると、意外にもスタートはスパイスではありません。創業は1954年。バラッツさんの祖父が事業を始めた当初は、のど飴などの風邪薬を販売していました。
その後、日本に渡り、インド産エビの仲介を行うようになります。レストランにエビを届けるうちに、「インド人ならカレー粉も持ってきてよ」と声をかけられ、ムンバイで調合したカレーパウダーを日本へ送るようになりました。ここから、アナンのスパイスの物語が始まります。
大きな転機となったのが、1983年に大阪で開催された「グルメオリンピック」です。世界各国のシェフが集まるなか、インド代表として出場したのは、なんと“アナン一家”。そこで考案した「インド人が考えた日本のカレー(骨付きチキンカレー)」が金賞を受賞しました。この経験をもとに、スパイスと作り方をセットにしたキットを販売。バブル期の日本において、「スパイスからカレーをつくる」というスタイルの先駆けとなりました。
現在のアナン邸は、スパイスの卸売りをはじめ、飲食店や地域と一緒に、その店や土地に合わせたオリジナルブレンドのスパイスを調合しています。また、一般の消費者向けにスパイス教室を開くなど、その役割は多岐にわたります。いまでは、まさに“スパイスのなんでも相談所”のような存在です。
香りをたどって歩く、鎌倉スパイスさんぽ

鎌倉には、アナン邸のスパイスを使っているお店がたくさんあります。カレーだけじゃなく、チャイやケーキ、朝ごはん、おつまみまで——。1日かけてめぐりたくなる「スパイスさんぽ」の一部をご紹介します。
1)THE GOOD GOODIES(ザ グッドグッディーズ)
鎌倉駅西口近くにあるコーヒースタンド「THE GOOD GOODIES」では、マサラチャイをいただくことができます。オープン当初からの定番メニューであるマサラチャイは、店主が自分好みの味を追求し、アナン邸にブレンドを依頼して生まれたものです。
また、お店の味をそのまま自宅で楽しめるマサラチャイキットも販売されています。「鎌倉のおみやげ」としても、手に取りやすい一品です。
https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14053467
2)Melting pot(メルティングポット)
スウェーデンをはじめとした北欧の文化を発信するお店で、北欧料理やスープ、焼き菓子などを味わえるカフェです。長谷エリアにあり、落ち着いた雰囲気のなかで、ゆっくりと食事やお茶の時間を楽しめます。人気メニューのひとつであるキャロットケーキには、アナン邸のスパイスがさりげなく使われています。
https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14062163
3)チー坊ノワール「鎌倉スパイス」
鎌倉市佐助にあるカフェ「チー坊ノワール」では、アナン邸と一緒につくったオリジナルスパイスがロングセラーとなっています。その名も「鎌倉スパイス」です。
「山椒を使ったスパイスをつくりたい」という店主の思いから生まれたこのスパイスは、日本とインド、それぞれに古くから伝わるスパイスを掛け合わせてブレンドされています。料理に、奥行きのある味わいとコクを添えてくれるのが特徴です。
日本的な爽やかさを感じる山椒に、インドの不思議なスパイス「ヒング」、塩やこしょうなどを組み合わせることで、これまでにない万能スパイスが生まれました。
じゃがいもや焼き鳥、おにぎり、卵かけごはんなど、和洋中を問わず使えるのも魅力。料理の主役を引き立てる、鎌倉発の名脇役です。
5)佐助カフェ
チー坊ノワールと同じく、佐助エリアにあるカフェです。こちらでは、アナン邸とコラボレーションしたカレーメニューを楽しむことができます。鎌倉駅周辺の観光地のにぎわいから一歩離れ、山あいの静かな環境にたたずむ一軒。落ち着いた空気のなかで味わうスパイス料理は、また格別です。
https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14077659
6)日本ワイン店じゃん
大町の日本ワインのお店「じゃん」では、〆の一皿として、アナン邸監修の「ウップチキンカレー」を提供しています。“ウップ”とは、インド・テルグ語で「塩」を意味する言葉です。塩とスパイス、そして肉というシンプルな構成ながら、奥行きのある味わいが特徴のカレーです。
お店によると、このカレーは、バラッツさんとの対話のなかで生まれた「〆に必要なのは、塩と油」という考えをベースに、「じゃん」らしさを加えるかたちで仕上げられたといいます。スパイスブレンドには、昆布と椎茸の旨みを忍ばせ、和の要素もさりげなく取り入れています。
辛さと旨みが重なり、ワインの余韻を心地よく引き延ばしてくれる一皿。重めの赤ワインやスタウト系のクラフトビールとの相性も良く、ついもう一杯飲みたくなってしまいます。
https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14094257
7)spice please!
同じく大町にあるスパイスカレーのお店。店主はアナン邸でスパイスを学び、その経験を生かして、日替わりのカレーやお惣菜をつくっています。
スパイスの刺激を前に出すのではなく、素材の味を引き立てるやさしい使い方が印象的。「スパイスって、こんなにやさしい味になるんだ」と気づかせてくれる一軒です。
8)Magic hour THE TABLE
夜の鎌倉で、ゆっくりスパイスをつまみたい夜はここへ。Magic hour THE TABLEでは、ビールやワインに合う「スパイスつまみ」が豊富です。身体に優しいメニューながら、しっかりとした味わい。バラッツさんも「スパイスの使い方がすごく上手」と太鼓判を押すお店です。
https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14097928
日本の暮らしに合わせて、ここでつくり、ここで届ける

スパイスとは、どんな存在なのでしょうか。バラッツさんは、こんなふうに話します。
「映画の中の名脇役みたいなんです」
主役は、お肉だったり、野菜だったり、そのお店そのものだったり。スパイスは、そこにそっと寄り添い、主役を引き立てる存在だといいます。
「なくてもストーリーは進むかもしれない。でも、いるとぐっと物語に厚みが出る。いるのといないのでは、全然ちがう存在です」
そんな「名脇役」としてスパイスを使ってもらえたら——。それが、バラッツさんの思いです。
アナン邸の特徴は、単にインドのスパイスを輸入して販売するだけにとどまらないところにあります。飲食店と一緒にオリジナルのスパイスを調合したり、スパイス教室を開いたりと、使い手と向き合いながらスパイスの可能性を広げてきました。その根底には、こんな考えがあるといいます。
「インドのスパイスをそのまま持ってきて売るだけではなく、日本の食文化や暮らしに合わせてブレンドし、ここでつくり、ここで届けたい。インドから来て、日本で商売をしているからこそ、ここにいる意味のある仕事をしたいと思っています。もちろん、楽しいという気持ちも大きいですけどね」
だからこそ、その姿勢に共感した鎌倉の店々にスパイスが広がり、この町の料理のなかに、自然と溶け込んでいったのかもしれません。
| 店名 | アナン邸 |
| 住所 | 神奈川県鎌倉市極楽寺2-6-14 |
| 営業時間 | 11:00~16:00(不在の場合もあり) |
| アクセス | 江ノ電「極楽寺駅」から徒歩約5分 |
| https://www.instagram.com/anan_spice/ |
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